電波教師 ネタバレ感想 159 「人間としての力」

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電波教師 【ネタバレ】
159「教師の愛」

神山と松尾が勝負!
勝敗の行方は!?


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電波教師とは?

YD=やりたいことしかできないオタク人間=鑑純一郎。
無職でクズのような生活をしていた彼を、妹の純音が強制的に教師にした。

そして彼はいつの間にか伝説の教師となった。
教え子たちの卒業に伴って、行方をくらましていたが、質の悪い教師たちに苦しむ少年を見て、再度立ち上がった!

登場人物

鑑純一郎(かがみじゅんいちろう)
YD=やりたいことしかできない超オタク。
質の悪い教育に苦しむ生徒を見て、再度教師の道へ!!

鑑純音(かがみすずね)
純一郎の妹。
元、銀杏学園生徒。
卒業後も凶暴なまでの兄想いの体育会系女子。

桃園マキナ(ももぞのまきな)
元、私立銀杏学園の生徒会長。
学園を誰よりも愛し、鑑を探していた。

柊暦(ひいらぎこよみ)
学園の理事長。
ただ美しいだけでなく、オプションがついている。

前回までのあらすじ

電波教師 【ネタバレ】 158「教師の愛」

生徒への愛の信念を貫こうとする体育教師の松尾。
そして運動が苦手な神山。

鑑の提案でマラソン勝負することに・・・。

あらゆるスポーツで勝利を得てきた松尾は自信満々で先行。
しかし、最初に差が開いたままその差は広がらなくなる。

そしてついに差は縮まりはじめ、ついにすぐ背後まで神山に追いつかれる・・・。

※以下からの内容はネタバレを含みます。

内容・ネタバレ

「追いついて来た!?」

松尾のすぐ背後に迫る神山。

しかし、彼もすでにバテているはず。
そう思った松尾は、残りの500メートルを全力で走れば大丈夫だと考え、ストライドを大きく取って加速した。

それを見てラストスパートだと喜ぶ古居だが、鑑はやってしまったという。

上り坂を走る場合、歩幅を小さくして走るピッチ走法のほうが有利。
焦ってストライドを大きくして全力で走ろうとしている松尾は不利。

ただでさえ体力消耗しているのに、あれでは体がもたないという。

しかも、残りの500メートルは・・・。

神鳴山名物。

神も泣いて逃げ出すと噂の・・・。

心臓破りの坂。

山頂近くは大体勾配がきつくなるものだが、この山は特にキツイ。
そんな道を全力で走ろうとするとどうなるか。

筋肉は乳酸でパンパンになって動かなくなり、血中の酸素濃度も極端に低下し、脳が溺れはじめて意識は混濁してくる。
全力で走ってるつもりでも、もう体は脳のコントロールを離れてしまう。

鑑はそう予想していた。

松尾は必死に走っていた。

走れ、全力で
私は負けない

私はスポーツのエリートだもの
負けてはいけない

ホラ、本気を出せば、あんな子供がついてこれるわけ・・・。

私は・・・スポーツエリートだった・・・

あらゆるスポーツでみんなに勝ってきた。
そして、いつも背中にこの言葉を投げかけられた。

「お前とは一緒にやりたくない」

スポーツは才能の世界なのだから区別があって当然。
才能のない人間にやらせても不幸になるだけ。

だから見込みのない人間には最初からさせない。
私の教育方針は間違ってなんか・・・

すでにヘロヘロになっている松尾は、神山に抜かれたことで精神的のも崩れてしまい、ひざをついて止まってしまい、動けない。

少し先で神山も止まった。
彼も同じように限界なのか・・・。

「大丈夫ですか?」

神山は松尾のところまで戻り、心配して声をかけた。

んなぜゴールしないのかと聞く松尾だが、神山はそんな状態の松尾を見て置いてはいけないという。
しかし、それでは勝負に勝てないとさらに松尾に言われる。

神山は、頑張れたのは松尾のようなすごい先生と一緒に走れたからだと話す。

それならなおさらこのまま進んで、自分に勝ったほうがいいという松尾。
それでも見捨てるのは違う気がするという神山。

「ロボット工学者の父がいつも僕に言ってるんです」
「自分は先人たちが教えてくれた技術の上に乗って、それを発展させているんだって」

「だから僕は、他の人にモノを教えられる先生みたいな人をすごく尊敬しているんです」
「いくら勝ちたくても、そんな人が倒れてるのを見捨てて自分だけゴールする気にはなりません」

松尾は神山の言葉に心を打たれた。

思えば自分にも技術を伝えてくれる恩師がいた。
彼らがいなければ今の自分はない。

教師という立場は、競技者だった頃の自分の価値観ではだめ
教師にとっては生徒の勝敗など無意味。

ただひたすら自分の持つモノを伝えていくことが第一なのだと痛感する。

「私の負けよ」

区別などせず、落伍者が出たら手を差し伸べる。
これがあるべき教育の形だと感じる松尾。

「今日からはみんな一緒に授業をしましょう」

そう言って神山が差し出した手を強く握り返す松尾。

鑑は神山がこの勝負の本質に気づいてくれたという。

現代科学の世界では、どんな才能のある人間でも一人の力には限度がある。
世代を超えて一つの研究を成し遂げることも珍しくはない。

互いに助け合い、手を差し伸べられる心が重要。
体育の授業は才能や素質で差が出やすい。

しかし、だからこそそういう心を養うのにちょうどいい。
勝敗にこだわるのなら学校でやる必要はないという。

古居は勝負の結果が気に食わずに逃げてしまう。

後日
神山は体育の授業で大活躍していた。

あれから普通に授業に参加させるだけではなく、放課後の特別レッスンもおこなったところ、どんどん能力が上がってどんなスポーツでもうまくなったのだという。

松尾は自分の目が節穴だったと恥じるが、鑑はそうではないという。

あのマラソンで松尾といい勝負ができたことが神山の自信になって、自分にもできるってメンタルを持てたことが今の彼を作った。

実際、四月~六月生まれの生徒は成長が早いから、他の生徒たちにスポーツの様々な場面で子供の頃から勝ちやすく、自信がつきやすい。
だからプロスポーツ選手にはその時期に生まれている選手が多いとも言われている。
それくらいメンタルは大事。

松尾が本気で神山と戦ったからこそ、彼は本当の自信を手に入れることができた。

「あんたの手柄だよ」

涙を流して感動する松尾。

喜びのあまり、鑑の服を脱がせてスーパーマッスルベルトを装着させようとする。

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感想

とりあえず結果往来といった感じですが、これまた偏った考え方だと思いますけどね。

あれから特別レッスンしたら、どんどん能力が上がったと言っていますが、元々最初から逆上がりができない神山を、個別指導していたわけだから、何も変わってはいないんじゃないですかね?
どちらにしろ同じ結果になったんじゃないんでしょうか。

やはりできない子は別でレッスンすべきだし、そうして苦手を克服してあげることで自信がついて、みんなにも溶け込んでイキイキと体育ができるようになるのは間違いないですし、鑑の言っていることもあっていると思います。

松尾も鏡も何も間違ってはいないと思うのですが、この話のストーリーにちょっと疑問を感じますね(^^;

確かにレース中の松尾は勝敗が全てのように思っていますが、それもまた大切なことです。
普段の授業は苦手を克服するための時間で、勝負の時間はまさに真剣勝負でなければいけないと思いますけどねえ。

だから、授業では最初のやり方であっていますし、レースの時に、情けで止まってしまうようではダメ。
そのメリハリは大事な気がするのですが・・・。

まあ伝えたいことはわかるのですが、もうちょっとうまく作れなかったものかな。

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